泣き虫パンダと慰め役のセバスチャン

不器用な新人社会人が世の中を生き抜くための処世術

気分が乗らないからトイレに行く。

私は今24歳なのですがこの年齢になってくると、かつて同じ教室にいた同級生が結婚しました。なんて報告がしょっちゅう耳に入ってきます。

(私の両親が飲食店をやっているせいか、特に母が地元1耳が早いので、月1ペースで誰々結婚したってよと教えてくれます。)

 


まだ結婚願望はなく、それどころか結婚を意識できる彼氏すらいないのですが、そんな報告を見ていると、あー私もそんな歳になったのか…としみじみ思います。

 


そして、結婚報告の次に多いのが、子供が生まれました。という報告。

ああ、みんな女性から母親になっていくんだなと勝手に寂しくなる24の冬です。

 


では、そんな母となる方々に私から一つプレゼントを。

 


赤ちゃんが泣いていて、おしめ変えたり、ミルクをあげても泣き止まないとき、抱っこして場所を移動すると泣き止みやすくなるそうです。

理由は、抱っこで安心するのと、動くときのユラユラが心地良いらしく赤ちゃん自身が眠りやすくなるからだそうです。

これは、かつての職場の先輩も言ってました。(その先輩も実際に小さい子がいるので信憑性はかなり高いと思います。)

 


そしてこの“場所を変える”という行為は、何も赤ちゃんだけに有効なわけではありません。

 


今日はそんな場所を変えることについてのお話です。

 

*

 


パンダはその日、自分の書きたい小説のアイデアをまとめ、いよいよその小説の本文を書き始めていた。

だがしかし、言っても素人のパンダ。

イデアはあるのに、どう文章で表現したらいいか分からないという壁にぶつかっていた。

「うーん、この表現で合ってんのかな。」

そんなことをぶつぶつ言いながら、なんとか書き進めていく。

設定作りを0→1というなら、作品を書き出す段階は1→100。

想像力豊かなパンダは0から1は簡単にできても、1から100に広げることが想像の遥かに超える難しい。

「ダメだ。全然思いつかん。」

3ページほど書き進めたところで、パンダは机に突っ伏してしまった。

よし、一旦トイレに行こう。と思ったところで、セバスチャンが声をかける。

「トイレに行くならiPad持っていきなさいよ。」

いきなりの命令にキョトンとするパンダ。

携帯は持っていくことあっても、iPadは持って行ったことはない。

なぜにiPad?と、セバスチャンが言いたいことの真意がわからなかった。

「携帯じゃなくて?」

「今文章書いてるのはiPadで、でしょ?」

そこであ、トイレで書かせる気か。と察するパンダ。

「そんな用をたす短い間ぐらい休憩させてよ。」

「別に休憩したいならそれでもいいけど。でも、場所を移動するのはアイデアが煮詰まったときの常套手段よ。同じ場所で止まって考えても全然思いつかなかったり、集中力が切れ出したら場所を変えて作業する。そしたら、脳がリフレッシュして今まで開けてなかった引き出しが開きやすくなるの。」

セバスチャンの言葉を聞いて、確かにパンダが受験生の時、飽き性だったパンダはリビングやお風呂の中で勉強したり、それこそトイレの壁にも覚えておくべき単語を貼っていたりしたことを思い出した。

「無意識のうちにやってたのか。自分。」

「同じ場所にいるとどうしても考えが堂々巡りになるから、スランプに陥ったって勘違いしちゃいやすいのよね。そりゃ休憩も必要だけど、簡単に諦めるのはもったいないでしょ?だから場所を変えて切り替えるの。部屋を変えなくても、室内温度変えたり、窓を開けたりして空気を入れ替えるのもアリね。とにかく物理的に今の現状を打破したら、頭の中の問題も解決しやすくなるわよ。」

確かに今の時期換気のために窓を開けると冷たい冷気が肌を刺すが、その分頭はシャキッとする。

そのシャキッと感が脳にはいい刺激となるかもしれないと思うパンダ。

「それでもダメだったら、インプットが足りない証拠だと思ってその日は諦めるのね。」

よし分かった!と実際iPadを持ってトイレに行ったパンダは、そこから約1時間トイレから出てこなかった。

 

*

 


この方法は私が前に「褒美を使わす」という記事の中で紹介したDaiGoさんの本にも書いてありましたし、昔アメトークの勉強大好き芸人でロザンの菅さんが紹介してた方法でもあります。(私の記憶が正しければ)

 


何もアイデアを生み出すだけじゃなくて、勉強する時、課題を進める時や、難しい本を読んでるときにも効果があります。

少なくとも私には。

 


集中力はどうしても短時間で途切れてしまうものなので、それでも頑張る!と意気込むよりは、自分の体の言うことを素直に聞いて次の集中力をプレゼントしてあげましょう。

 


そのプレゼントが尽きるまでは。